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大阪高等裁判所 昭和38年(ネ)1534号 判決

控訴人 景山光雄 外二名

被控訴人 神戸地方法務局御影出張所登記官吏

訴訟代理人 川村俊雄 外一名

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人らの負担とする。

事実

控訴人ら訴訟代理人は、「原判決を取り消す。被控訴人が控訴人らに対し、原判決添附目録記録の建物に関する昭和三七年七月一七日神戸地方法務局御影出張所受付第八、〇二一号共有者仲野美代子の持分移転登記申請事件について、同年一二月一〇日なした却下決定を取り消す。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴人指定代理人は、主文第一項同旨の判決を求めた。

当事者双方の事実上の主張および証拠の提出、援用、認否は、左に補足するほか、原判決事実摘示のとおりであるから、これをここに引用する。

控訴人ら訴訟代理人は、

(一)  控訴人らが本件登記申請をなすにいたつた事情は左のとおりである。すなわち、景山光登は、寺地広吉と寺地夕子(後に田口夕子)の四男であるが、明治三八年六月一日景山清左衛門の養子となり養子縁組の届出をした。又、控訴人光雄は右清左衛門と景山ていとの間の二男、控訴人剛はその三男、控訴人俶枝はその二女である。右光登は、昭和二九年一月七日死亡し、妻美代子(後に仲野美代子)と母田口夕子の両名がその遺産相続をなし、ついで、右夕子が同三一年一二月一二日死亡したので同人の長男寺地清一、二男田口健一がその遺産を相続した。

本件建物は、光登の所有に属し、その遺産として右経過により逐次相続承継せられたが、元来光登および妻美代子は本件建物に居住したことがなく、控訴人らがこれに居住していた。光登が死亡するや、美代子は控訴人らを相手方として神戸家庭裁判所に遺産分割の家事調停を申し立て、昭和三〇年七月一四日本件調停が成立した。当時控訴人らも美代子も、光登の相続人は自分達であり、その相続分は美代子が三分の二、控訴人らが三分の一であると信じていたのである。

控訴人らは、本件調停調書の条項に従い、美代子に対し金二〇万円を支払い、本件建物の所有権移転登記手続に協力することを求めたが、美代子はこれを拒絶した。そこで、控訴人らはやむなく、本件調停調書により本件建物の所有権移転登記をなすべく、司法書士にその手続を依頼したところ、右司法書士の調査によりはじめて前記のように光登の遺産相続人は夕子と美代子であつて、控訴人らは関係がないことが判明したのである。

そこで控訴人らは、本件調停調書を生かして使う方法として右田口夕子の持分を譲り受けることとし、同人方を訪れたところ、すでに同人は死亡していたので、更にその相続人をさがし求めた結果、前記寺地清一と田口健一をたづね当て、本件建物に関する同人らの持分(各四分の一)を控訴人光雄において取得することができたのである。

かくして、ようやく、昭和三七年四月四日にいたり、本件建物について、仲野美代子と田口夕子の共有の保存登記、右夕子の持分(二分の一)につき寺地清一および田口健一の相続による取得登記、右両名の持分(各四分の一)につき控訴人光雄のための贈与による移転登記がなされたので、ここに控訴人らは本件登記申請に及んだのである。

(二)  被控訴人が、本件登記申請を審査するにあたり用いることのできる資料は、本件登記申請書、その添付書類である本件調停調書謄本、委任状、控訴人三名の住民票謄本、亡光登の除籍謄本および本件建物の登記簿に限定されることはいうまでもないしかるに被控訴人の却下決定は、(イ)田口夕子が景山光登の実母であること、(ロ)本件建物に関する仲野美代子と田口夕子を共有者とする所有権保存登記が共同相続によるものであること、(ハ)寺地清一と田口健一がそれぞれ田口夕子の長男、二男で光登の実兄であること、(ニ)田口夕子が光登の相続を放棄したことがないこと、(ホ)控訴人らが田口夕子の相続人でないこと等の事実を認定しているが、これらの事実は前記資料からは抽き出し得ない事がらであつて、被控訴人が本件登記申請につきの権限を逸脱した審査方法をとつたことを窺わせるに足るものである。よつて、原却下決定は違法である。

(三)  登記官吏は、形式的審査の権限を有するにすぎないから、本件調停調書の内容に立ち入り、その不当、無効なることを判断することは許されない。本件調停調書は仲野美代子(登記簿上現に本件建物の二分の一の持分権者である。)を義務者として控訴人らに対する本件建物の移転登記を命じているのであるから、登記原因証書たる本件調停調書謄本と登記簿との間に何らのくいちがいも存在せず、本件登記申請は受理せらるべきものである。これを却下した原決定は違法である。ちなみに、本件において、なるほど、控訴人らは光登の相続権者ではなく、正当な相続人は田口夕子であつた。しかし、控訴人らは、右夕子の相続人らから本件建物の二分の一の持分を譲り受け、その残部(仲野美代子の持分)について本件調停調書に基づき本件登記申請をなしているのであるから、これを拒否することは実質的にも理由のないことである。

と陳述した。

被控訴人指定代理人は、

(一)  控訴人ら主張右(一)の事実中相続関係はすべて認める。

(二)  被控訴人が、本件登記申請を審査するにあたり用いることのできる資料の範囲は、控訴人ら主張のとおりであるが、原却下決定の結論とするところは、右資料のみからこれを抽き出すことができるのである。すなわち、本件申請が遺産分割を原因とし仲野美代子から控訴人らへの本件建物の二分の一の持分権の、移転登記を求めるにあることは、申請の内容自体により明白である。しかして、右登記が許されるためには、右仲野が共同相続をなしたことによる二分の一以上の持分権の登記が存することを前提とするところ、本件建物の登記簿上において、右条件に合致する登記は昭和三七年四月四日受付にかかる仲野美代子、田口夕子(各持分二分の一)を所有者とする所有権保存登記以外に存在しないことが明らかである。従つて、亡光登の相続人は右保存登記に持分権者として登記せられた仲野美代子、田口夕子の両名であると認められるから、遺産分割は当然右両名の間において行われたものでなければならない。しかるに、控訴人らが登記原因証書として提出した本件調停調書謄本には右夕子が当事者としてあらわれておらず、かえつて、仲野美代子と共同相続人たる関係にあることの証明のない控訴人らが参加したものとされている。してみると、本件建物の登記簿と本件調停調書謄本との間には、明らかにくいちがいがあるから、右調書謄本は遺産分割を原因とする本件登記申請の原因証書となし得ないものである。よつて、本件登記申請は不動産登記法四九条八号により却下を免れないもので、原決定は結局相当である。

と陳述した。

証拠として(中略)

理由

控訴人らが、昭和三七年七月一七日本件建物の持分二分の一につき同三〇年七月一四日付遺産分割を原因とし、登記義務者を仲野美代子とする本件登記申請を神戸地方法務局御影出張所に対してなし、登記原因を証する書面として本件調停調書謄本を、登記権利者である控訴人湯浅俶枝、登記義務者である仲野美代子の旧姓がそれぞれ景山であることを証する資料として住民票謄本三通、除籍謄本一通を添付提出したところ、被控訴人は昭和三七年一二月一〇日付決定をもつて、控訴人らの本件登記申請を却下する旨の決定をなし、控訴人らは翌一一日右決定正本の送達を受けたこと、右決定によれば、被控訴人が本件登記申請を却下する理由は、本件建物の登記簿上の所有名義人(共同相続人)は仲野美代子と田口夕子の両名であるのに、本件調停調書謄本によると遺産分割の当事者は仲野美代子だけが申立人となつていて田口夕子は当事者から除外され、また共同相続人でない控訴人ら三名が相手方となつているから、本件調停調書謄本は本件登記申請につき登記原因を証する書面となし得ず、本件登記申請は不動産登記法四九条八号により却下を免れないというにあること、以上の事実は当事者間に争がない。

控訴人らは、登記官吏は調停調書の内容に立ち入りその不当無効なることの審査をすることはできない、本件調停調書謄本は登記簿上現に本件建物の二分の一の持分権を有する仲野美代子を義務者として控訴人らに対する移転登記を命じているのであるから登記簿の記載と本件調停調書との間に何らくいちがう点は存在せず、本件登記申請は受理せらるべきものである、と主張する。

しかしながら、本件登記申請が遺産分割を原因とし、登記義務者を仲野美代子、登記権利者を控訴人三名とする所有権移転登記申請であることは前記のとおりであつて、右登記が許されるためには、まず、仲野美代子が共同相続人の一人となつて相続をなしたことによる同人名義の二分の一以上の持分権の登記が登記簿上に存しなければならない(ただし、共同相続財産のないところに遺産分割はあり得ないし、右訴外人に右のような登記がなければ本件登記申請は不動産登記法四九条五号又は六号に該当することになり、それだけで却下を免れないからである。)しかして、成立に争ない乙第五号証(本件建物の登記簿謄本)によると、右要件に合致する(正確にいうと抵触しない)登記は、昭和三七年四月四日受付にかかる仲野美代子、田口夕子(持分各二分の一)を所有者とする所有権保存登記(甲区一番の登記)であり、右以外には存しない。従つて、登記官吏としては、右保存登記をもつて、遺産分割の対象となつた共同相続財産の登記であるとの前提に立たざるを得ない。してみると、亡景山光登の相続人は、右保存登記に持分権者として登記せられている仲野美代子、田口夕子の二名であると認められる(なお、成立に争ない甲第一号証、乙第四号証を参酌すると、被相続人は景山光登であり、仲野美代子はその妻であると認められるから、美代子と二分の一ずつの相続分を有し得る田口夕子は右光登の直系尊属であることが容易に推認される。)から、遺産分割もまた当然美代子、夕子両名の間に行われたものでなければならない。しかるに、控訴人らが遺産分割を証する書面として提出する本件調停調書謄本においては、右田口夕子が遺産相続人として参加しておらず、共同相続人であることの証明のない控訴人ら(本件登記申請を審査するにあたり被控訴人の用い得べき後記認定の資料の範囲内では、控訴人らが光登又は夕子の相続人であることが認められない。)が相手方となつてあらわれているのであるから、登記簿上名義人たる共同相続人と本件調停調書記載の共同相続人とが符合しないことは明白であつて、右調書謄本は本件登記申請の登記原因たる遺産分割を証する書面とはなし得ないものというべきである。また、登記官吏たる被控訴人の審査は、登記申請にあたつて提出された一定書類および既存の登記簿のみを資料として行なう書面審理であるという点において制限を受けているけれども、審査の対象となる事項という点からみれば形式的ないし手続法的事項に限られず、実質的ないしは実体法上の事項をも対象としているものであるから、登記官吏といえども右限定された資料の書面審理による限り上記のような実体的判断をもなし得べく、これをしたかちといつてその権限を逸脱したものということはできない。控訴人らの主張は理由がない。

控訴人らは、次に、形成力、執行力を有する本件調停調書において、控訴人ら三名に本件建物の相続権があるとして遺産分割の調停がなされているのであるから、右調停調書の記載の効力は既存の登記簿の表示に優先するものである。従つて、被控訴人は、登記簿上の相続人と一致しなくても本件調停調書に従つて登記する義務がある、と主張する。

しかしながら、前段にも説示したごとく、本件建物登記簿甲区一番の保存登記を前提とし、これに基き遺産分割による持分移転登記をなさんとするのが、本件登記申請の趣旨である以上、その登記原因証書たるべき遺産分割調停調書においては、あくまで右保存登記上権利者として表示せられた者が当事者となつて分割に参加したこと(また逆にそれ以外の者は当事者として参加していないこと。)が記載されていることが必要であり、しからざる限り、登記原因証書とはなり得ないのである。従つて、本件においては、前記調停調書が形成力、執行力を有するか否かの点は何ら問題とならず、既存登記を前提としこれに基き登記申請をなす場合において登記原因証書と右登記の記載との間に当然要求される整合性、連続性が欠けているため、前記調停調書が登記原因証書たるに価しないというにすぎないものであるから、控訴人らの主張は失当といわざるを得ない。

次に、控訴人らは、被控訴人が原却下決定中において控訴人らの前記主張(二)の(イ)ないし(ホ)記載の各事実を認定したことをとらえ右は被控訴人が形式的審査の権限を超えて事実関係を調査した結果によるものであり、右審査方法の違法は右却下決定を違法ならしめる、と主張する。

なるほど、成立に争ない乙第一号証によれば、被控訴人が本件登記申請にあたり被控訴人に提出した書類は、本件登記申請書、本件調停調書謄本、住民票謄本三通、除籍謄本一通(甲第一号証、乙第一、二号証、同第三号証の一ないし三、同第四号証)であることが認められるので、被控訴人が本件登記申請を審査するにあたつて用い得べき資料は右各書類および本件建物の登記簿に限られることは、登記官吏たる被控訴人の権限に照し疑のないところである。しかして、右資料のみによつては控訴人ら主張の前記(イ)ないし(ホ)の事実を認め得ないことは右各書証および乙第五号証(いずれも成立に争がない。)の内容に照し明らかであるから、被控訴人は本件登記申請を却下するにあたり法律に許された前記資料以外の資料を用いて審査をなしたものと推認するほかはない。しかしながら、さきに説示したところから明らかなように、本件登記申請は控訴人ら主張の右事実の認定をまたず、前記控訴人ら提出書類および登記簿のみの審査により却下を免れないものであるから、右却下決定における審査方法の違法は何らその結論の正当性に影響を及ぼすところはない。されば、右違法を理由として原決定を取り消すことは許されず、控訴人らの右主張もまた採用することができない。

以上の次第で、被控訴人の原却下決定の取消を求める控訴人らの本訴請求は失当として棄却を免れず、右と同旨に出た原判決は相当であり、本件控訴は理由がない。よつて、民訴三八四条、九五条、八九条、九三条により主文のとおり判決する。

(裁判官 小野田常太郎 柴山利彦 宮本聖司)

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